糖尿病といふ病気‐糖尿病教室|糖尿病 食事療法 治療 京大病院 栄養内科





糖尿病教室

■その1:高血糖はなぜおこる?
糖尿病を出来るだけ手短に説明すると、血液中のブドウ糖濃度が適正な範囲を超えて上昇し、その結果さまざまな悪影響を生体に及ぼす一連の症候群と言えます。 病的な高血糖状態が生じるのは、インスリン作用不足のためです。インスリン不足ではなく、インスリン作用不足と回りくどい言い方をする理由は、以下を読めばおわかり頂けると思います。
糖尿病研究の黎明期に、犬の膵臓をとってしまうと糖尿病になる事が発見され、これがその後の発展の糸口になりました。 この様に膵臓を完全に取り出してしまうと、体内にはインスリンが全くない状態になります。その犬はそのままでは多尿など糖尿病の典型的な症状を呈して死んでしまいますが、 膵臓からの抽出物(インスリン)を注射することで救命が出来るようになりました。
もちろん、糖尿病の患者さんが全員膵臓を切り取られてしまったわけではありません。 膵臓の機能、もっと正確に言えばその中にあるβ細胞の機能が弱ってくる事で、インスリン不足の状態が生じたものです。 糖尿病の原因や経過によってランゲルハンス島の機能障害の程度が変わってくるため、それに応じてインスリン不足の程度も様々に異なります。
さらに、ランゲルハンス島の機能にはっきりした障害がなく、体内にインスリンがそこそこあっても、 それを上回る極端な過食や運動不足などによってインスリンが働きにくい状態(インスリン抵抗性)に陥ると高血糖状態が生じ、糖尿病になる可能性もあります。 また、場合によっては血糖を上昇させる機構の過剰な働きによって、高血糖状態が生じる事もあります。

■その2:十人十色、糖尿病「症候群」
症候群とは互いに関連する症状や現象を引き起こす疾患のあつまりを意味します。 糖尿病はいろいろな原因から糖代謝調節の障害を来たし、 高血糖という共通の現象を通じて全身にさまざまな病気(合併症)を引き起こす症候群です。
糖尿病は生まれつきの体質(遺伝的素因)を背景に、食習慣、運動不足、肥満、加齢などといった環境因子が絡み合って発症する事が分かっています。 環境因子はもちろん、遺伝的素因の中にも様々なバラエティがある上に、そのときどきの外的要因に影響されて、短期間のうちにでも血糖の状態は良くなったり悪くなったりします。
体の重要なエネルギー源であるブドウ糖をうまく処理できずに高血糖状態に陥る点や、その結果血管病変を中心とした様々な合併症を引き起こす点は共通していますが、 合併症の起こり方も患者さん毎に違ってきます。この様に、糖尿病という病気の出発点や経過は十人十色と言え、この多様性は、糖尿病の研究や治療を難しくする一因となっています。

■その3:無症状だからなお怖い
病気になると病院に行って治療を受けようとしますが、これは苦痛を伴う自覚症状がきっかけになる事が多いようです。糖尿病の場合はどうでしょうか。
一般的に糖尿病は肥満者に多いことや、のどが渇いて水をよく飲む(口渇、多飲)、尿が多い(多尿)、体がだるく疲れやすい(全身倦怠感、易疲労性)などの自覚症状が比較的よく知られています。 このような自覚症状を訴えて「私は糖尿病ではないでしょうか」と心配して検査を受けにこられる方もありますが、早期に自覚症状が出る患者さんはむしろ稀で、実は全く無症状の方が多いのです。
さらにやっかいなことに、全く無症状の裏側でさまざまな余病(糖尿病の合併症)が静かに進行しており、気づいたときには手遅れになっている場合さえあるのです。 この様な糖尿病の性質とその怖さを正しく理解していただくことが重要です。
口渇・多飲・多尿・体重減少などの典型的な急性症状は、糖尿病にかかってからの期間(罹病期間)の長短には関係なく、高血糖が激しい事を意味します。 この様な急性症状は糖尿病性昏睡に陥る前兆の可能性もあり、緊急入院を要する場合も多いのです。しかしそれでも、糖尿病で本当に恐ろしいのは急性症状の出現ではありません。 なぜならば、急性症状は高血糖状態が改善すれば速やかに消失するからです。
それに比べて、合併症に伴う症状がひとたび出現すると治療は極めて困難です。その治療は多くの場合、病気や症状がそれ以上進行しない事を目標にせざるを得ません。 しかし、それでも徐々に進行して末期を迎えてしまう恐れさえあります。したがって、急性症状が現れて緊急入院になったとしても、 合併症が進む前に糖尿病の恐しさを知ることが出来た人は運が良かったといえましょう。
実際、糖尿病とわかっていながら症状がないために治療をおろそかにして、みすみす合併症を進行させてしまい、 気づいたときにはどうにもならないという患者さんが後を絶ちません。 この様な悲劇をさける方法はただ一つ、糖尿病の本当の恐さを正しく理解して早期発見早期治療に努めることしかありません。糖尿病による悲劇はそれが無症状だからこそおこるのです。

■その4:糖尿病の分類
一般に糖尿病は1型糖尿病対2型糖尿病、あるいはインスリン依存型糖尿病対インスリン非依存型糖尿病という分類がなされてきました。 インスリン依存型とは、体内のインスリン産生能が皆無に近いため、体外から補充しないと生存できない事を意味しています。 これに対し、体内にあるインスリン(内因性インスリン)だけでも生存可能な糖尿病をインスリン非依存型糖尿病と呼びます。
日本でインスリン治療を受けている患者さんの多くは、インスリン療法を受けなくても生存は可能だが食事療法や経口糖尿病薬で良好なコントロールが達成できないためにインスリン療法を受けることになったもので、 この様な方は、インスリン依存型の定義には含まれません。インスリン注射をしている患者さんすべてがインスリン依存型糖尿病とは限らないのです。
さて、古典的には1型糖尿病=インスリン依存型、2型糖尿病=インスリン非依存型、と考えられてきましたが、近年この考え方は改められつつあります。 インスリン依存型・非依存型は患者さんの現在の状態を表し、1型・2型の分類は糖尿病の病因を表す分類と考えて下さい。 1型は膵臓のランゲルハンス島が激しい炎症をおこした結果インスリン分泌能が著しく低下ないし枯渇してしまうもの、2型はそれ以外の原因でインスリンの作用不足が現れて高血糖になるものです。
さらに最近は、2型糖尿病に分類されていたもののうち原因がはっきりとつきとめられたものを、特定の原因による糖尿病として別の分類にする方向で検討されています。

■1型糖尿病
1型糖尿病においてランゲルハンス島が炎症をおこす原因は、多くの場合自己免疫のメカニズムです。 体内に侵入した病原体を攻撃して排除する働きを免疫と言いますが、この免疫の作用が誤動作をおこして自らの体の組織を攻撃してしまう現象が自己免疫です。 つまり、ランゲルハンス島が体外から侵入してきた病原体と誤認されて攻撃をうけるわけです。
1型糖尿病の場合、最終的にはランゲルハンス島の機能が廃絶してしまい、インスリンを補充しなくては生存できないインスリン依存型糖尿病になります。 しかし、しっかり治療を行うと、ランゲルハンス島の機能が一時的に持ちなおして緩解期を迎える例もあります。 さらに、1型糖尿病であってもランゲルハンス島の傷害が比較的緩やかに進み、長期間にわたってインスリン分泌能を維持するケースもあることがわかってきました。 これらの様なケースでは、インスリン補充療法を受けななくても血糖がコントロールでき、インスリン非依存型の病像を呈する事がありますが、やはり最終的にはインスリン依存型へと移行していきます。
ランゲルハンス島の炎症は若年者や子供でも起こり得るため、若年で発症する糖尿病の中で1型糖尿病は大きなウエイトを占めています。

■2型糖尿病
2型糖尿病は日本人の糖尿病の大部分を占める病型です。2型糖尿病は1型糖尿病に比べ食べ過ぎや運動不足など生活習慣や加齢の関与が大きく、中年以降の比較的高齢の肥満者に発症しやすいタイプです。 2型糖尿病では、一般的にはインスリン非依存型の病像を呈し、食事療法と運動療法が治療の基本となります。
食事療法、運動療法でうまくコントロールできない場合には第二段階としてスルフォニル尿素(SU)剤などによる薬物療法が行われ、それでもコントロールが難しい場合にはインスリン療法が行われることもあります。 また、2型糖尿病であっても、重篤な感染症や糖尿病性ケトアシドーシスなど、生命を守るためにインスリン療法が不可欠な状態に陥ることもあります。
1型糖尿病の病態やその発症過程はかなりのレベルまで解明が進んでいるのに比し、2型糖尿病の方はまだまだ分からないことが多く残っています。 それには以下のような理由があります。1型糖尿病はもともと病像がはっきりしている均一に近いグループですが、2型はそれ以外のものを寄せ集めて一くくりにしたものといえます。 1型糖尿病は発症時期が明確に特定できる事が多く、病気の進行経過を把握しやすいのに対して、2型糖尿病はいつの間にか発症していて、 発見時にはすでにかなり進行していたりと、病気の経過を把握することさえ容易ではありません。
最近の遺伝子工学などの進歩によって、2型糖尿病の原因となる遺伝子がいくつか同定されましたが、それでも2型糖尿病のなかで90%以上は原因がはっきりしないままです。 今後は、2型糖尿病の原因が少しずつつきとめられるにつれて、それぞれの原因毎に病気の進展過程が解明され、2型糖尿病という疾患群(症候群)を細分化し、 それぞれの状態に最適な治療法が示されるようになっていくことが期待されています。

■糖尿病予備軍って?
一般に糖尿病の予備軍とか境界型などと言われるグループがあります。 これは、血糖値が正常範囲を越えているが、糖尿病の診断基準に当てはまるほどには上昇していないグループを指し、正式な呼び名は、日本糖尿病学会基準では境界型糖尿病、WHO基準では耐糖能障害といいます。 糖負荷試験という検査の結果によって判定されるもので、一般的には2型糖尿病ないしインスリン非依存型糖尿病の軽症型と理解して差し支えないでしょう。
血糖の上昇はあっても軽度で、合併症も進展しにくく、薬剤などによる治療は必要ありません。しかし、生まれつきの体質(遺伝的素因)としては2型糖尿病と同類と考えられ、 数年間の観察中に顕性の糖尿病に移行することが多いので、基本的には糖尿病と同様の注意や摂生が必要です。
注:血糖値による診断基準上で正常型や境界型ないし耐糖能障害に属する群でも、体質によっては糖尿病に特有の合併症をおこす症例があります。 その場合は血糖値に関わらず糖尿病と診断を下すことになっています。



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