糖尿病といふ病気・続編‐糖尿病教室|糖尿病 食事療法 治療 京大病院 栄養内科





糖尿病教室

■その1:糖尿病が急に悪くなるとき
一般に体調不良のときは高血糖になりやすく、糖尿病が悪化する傾向があります。 また、ストレスによっても、血糖コントロールは悪影響を受けます。 人類は常に生存を脅かす敵と戦ってきましたが、 力を振り絞って野獣や悪天候と戦うためにも、病気やけがから快復するためにも、大きなエネルギーが必要だったことでしょう。 それを賄うために、人体にはストレスや体調不良に遭遇すると、血糖を上昇させようとする働きが多数備わっています。
このため、感染症などの病気やけがが生じると、血糖を上昇させる働きが過剰に働き、体内のインスリンがうまく作用できないインスリン抵抗性の状態になって、 血糖値はふだんより上昇することが多いのです。しかし、糖尿病が悪化するとけがや病気はますます悪化し易くなり、 その結果さらに血糖が上昇するという悪循環が起こり、 それを断ち切ることが出来なければ生命さえ危うくなります。 糖代謝がうまく運ばなくなると細胞内でブドウ糖のエネルギーが有効利用されないため、脂肪を分解して利用し、 その結果ケトン体という副産物ができます。このケトン体が体内に増えると、血液が酸性に傾き、インスリンはますます働きにくくなり、 これも前述の悪循環に荷担することになります。
石油ストーブに粗悪な燃料を入れたために不完全燃焼をおこしている状況を想像して下さい。 燃えにくいからすすが出る、芯にすすが溜まるとますます燃焼効率が悪くなり、 さらにすすが増える・・・、そんな状況に似ていますね。(決して試さないで下さい!)
糖尿病はこの様にさまざまな要因に影響を受けて良くなったり悪くなったりします。 上述のように重病に陥った体を、悪循環を断ち切って快方に向かわせるには、インスリン注射による治療が原則です。うまく悪循環を断って快方に向かうと、 劇的に改善する場合もよくあります。
この様に一時的な要因の変化によっては、 治らないはずの糖尿病が治ったように錯覚する場合もあります。そんなときに油断して通院しなくなったりすると後が大変です。 糖尿病の元になった、生まれついての体質は何も変わっていないはずなのですから。 この様に見てくると、糖尿病という病気は一時の状態をとらえて 善し悪しを論ずることにはあまり意味がなく、決して油断せず治療を続け、 長い目で見て大過なく過ごす事が大切だといえるでしょう。

■その2:糖尿病性昏睡
糖尿病は基本的に無症状ですが、コントロールがひどく悪い場合には 様々な急性症状が出現し、糖尿病性昏睡のように生命に関わる場合もあります。 糖尿病性昏睡は大別して糖尿病性ケトアシドーシスと高血糖高浸透圧性昏睡に分けられます。 これらは、一般的には糖尿病に何らかの悪化要因が加わって、 悪循環を起こした結果生じることが多いですが、それ以外の場合にもおこり得ます。なお、低血糖によっても昏睡状態になることがありますが、これは別に解説します。

■糖尿病性ケトアシドーシス
インスリン依存型糖尿病の患者さんがインスリン注射を止めてしまうと、体内で糖のエネルギーが殆ど利用できなくなります。 そして脂肪を分解してエネルギーを取り出す結果、体内にケトン体という有害物質が多量に作り出されます。 この状態(ケトーシス)は糖尿病でなくても、正常に食べ物から糖のエネルギーを摂取できない状態になると起こります【注1】
ケトーシスが発生すると血糖コントロールがさらに悪化する悪循環がおこり、その結果ケトン体の量がさらに増え、血液のpHが酸性に傾いていきます【注2】
この状態(ケトアシドーシス)がある程度まで進むと意識がなくなり、そのまま放置すると死に至ります。 これが、インスリン依存型糖尿病の患者さんがインスリン注射に生命を依存しているという所以です。
インスリン依存型とわかっていてあえてインスリン注射を止めてしまう人はまずいないでしょうが、インスリン依存型糖尿病の発症時に、糖尿病と気づかずに治療が遅れ、 ケトアシドーシスに陥って初めて病院にかつぎ込まれてくる患者さんもあります。
より一般的には、ケトアシドーシスは感染症などの急性疾患による糖尿病の悪化に絡んで発生し、インスリン依存型・非依存型のどちらでもおこり得ます。 糖尿病の患者さんが感染をおこすと、ふだんよりもインスリンの効きが悪くなります。このために血糖コントロールが乱れ、さらに感染が悪化する悪循環が生じ、ケトーシス、ケトアシドーシスが生じる事になるのです。
風邪などで食欲がない時に、実は血糖が乱れているのに、低血糖をおそれて薬やインスリンを減らしてしまい、ケトアシドーシスをおこす場合もあります。 糖尿病性ケトアシドーシスは、次に述べる高血糖高浸透圧性昏睡に比べて、比較的若年者に多いこと、 血糖値300mg/dl〜500mg/dl程度と高血糖の程度も軽度であることなどの点が特徴です。

注1:
飢餓がもっともわかりやすい例ですが、実はもっと身近に、おなかをこわして食べ物を受け付けないときや、極端なダイエットをしたときなどでも発生します。
注2:
血液のpHは通常7.36?7.44の弱アルカリ性です。これは正常では、食べ物や環境などのどんな影響をうけても殆ど変化せず一定に保たれます。正常範囲を超えて酸性側に傾いた場合をアシドーシスといいますが、本当の酸性である7.0以下にまで下がることは極めて稀で、この場合生命に重大な危険が迫っているはずです。

■高血糖高浸透圧性昏睡
高血糖による多尿から脱水を来たし、さらに血糖が上昇、同時にナトリウムなどの血液中の塩分濃度も上昇します。 その結果、血液の浸透圧【注3】が上昇し、体の細胞が機能異常を来します。 脳細胞は浸透圧の異常による悪影響を受けやすく、意識がなくなります。 高血糖性高浸透圧性昏睡では、ケトーシスはあまり強くなく、血液のpHも大きくは狂いません。
ケトアシドーシスに比べると比較的高齢者に多く、血糖値が600mg/dl以上と極めて高いことなどの点が特徴です。これも感染などを引き金に発症することが多いですが 誘因がはっきりしない場合もあります。

注3:
単位体積あたりの溶液中に溶けている分子数によって決まる。細胞膜などの半透膜を介して浸透圧が異なる液体が接していると、膜を浸透して液体を移動させる圧力が生じる。


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