糖尿病に負けないために・続編‐糖尿病教室|糖尿病 食事療法 治療 京大病院 栄養内科





糖尿病教室

■その1:妄信は禁物、迷信・民間療法
糖尿病は極めて歴史が古い病気で、それ故に巷にはそれにまつわる 様々な言い伝えや迷信があり、なかには誤ったものも少なくありません。 「薬やインスリンは一旦始めたら一生続けないといけない怖いものである」 という話もよく聞きます。 我々の目で見ると、薬が必要な状態に陥っている時に 薬を拒否することほど怖いものはないはずなのですが・・・。
それに実際には、一旦薬や注射を始めた患者さんが、しっかり食事療法を守るようになったら薬やインスリンが不要になった、というケースはよくあります。 また、コントロール不良のために入院して、しばらくインスリンを注射しているうちに、体内のインスリン分泌が改善してきて、結局退院するときにはインスリン注射が不要になっていた患者さんも珍しくはありません。 うわさ話や迷信にまどわされず、心配なことは主治医にしっかり相談する姿勢が大切です。
糖尿病の民間療法も昔から数多く存在します。 インスリンやSU剤による治療よりも圧倒的に歴史が古いのですから、それも当然かも知れません。 具体的な例を挙げて批判することはここでは差し控えますが、多くは科学的に立証された治療法とは比べるまでもありません。 わらにもすがる思いの患者さんの心情につけ込んでの悪徳商法も少なくないのが実状です。
科学的根拠が示されていないものはすべて間違いだと決めつけるつもりはありませんが、少なくとも主治医に無断で、あるいは科学的根拠に基づく治療を拒否して妄信することだけは止めて下さい。 また、中にはあたかも科学的根拠があるかの様な表現がされているものもありますが、本当に科学的根拠があれば多くの病院で積極的に取り入れられている筈なのです。
もっとも、実際には患者さんから「こんな治療法を試してみたい」と相談を受けたら、医学的に見て有害な結果を招く恐れがなければ許可する事もあります。 その場合でも、今までの治療や検査を続けながら、治療効果の判断は医師が行う、そして悪影響が認められたら素直に中止する、という事が最低条件です。
最近はインターネットの普及によって情報が氾濫し、悪質業者の宣伝も多く見られますので、情報の信頼性や根拠を冷静な目で判断することが特に大切です。

■余談:よくある嘘のパターン
「画期的な治療薬が開発されました。開発された○○国ではこの薬によってランゲルハンス島が蘇り、 インスリン治療を必要としなくなり、糖尿病を根治できた患者さんが続出しています」
本当にそんなものが出来たら、世界中のマスコミで大騒ぎになるはずです。 もちろん、科学的根拠となるデータがあれば我々専門家の耳に入らぬはずがありません。 実はこの宣伝はインターネットで筆者宛に送られてきたものですが、あまりの厚顔無恥ぶりに思わず笑ってしまいました。
「▼△▼は糖尿病に良く効く健康食品で、これによって糖尿病がよくなった患者さんが大勢います」
健康食品に薬効をうたうことはもちろんルール違反です。 それに、「よくなった患者さんがいる」だけでは、糖尿病が本当にそれによって治ったという根拠には全くなりません。 偶然の経過で、症状や検査値が良くなっただけの場合が多くあるはずです。 治療効果をうたうためには、その治療をおこなった症例と、そうでない症例を、多数先入観なく調べて客観的な比較を行う必要があるのです。
「○●○は天然成分だけで出来ていますので、薬のように副作用がなく100%無害です」
天然の有毒物質は自然界にいくらでもあります。 また天然成分を抽出する際に人の手が加わり、多くは工場で加工されますので、既に「天然」ではなくなっているのです。 従って、良心的な業者ならば「100%無害」とか「副作用がない」という文句は使えないはずなのですが・・・。 さらに言えば、「薬」の方が徹底的に副作用の危険や発生頻度を検証されているぶん、安全であるかも知れません。 もちろん、正しく使う、という前提ですが。
「●○●は漢方薬なので西洋医学と違って副作用がなく、安心して飲めます」
これも、よく見かける宣伝文句ですが、漢方薬にも副作用があり、 副作用による死亡例もある事は、医学の専門家ならば常識です。
「私は△▼△で糖尿病を治した」
という体験談もよく見かけます。 中には、単行本になったものもあります。 糖尿病として治療を開始した後に、何らかの理由で代謝状態が改善する事はよくあり、薬が不要になるケースもいくらでもあります。 冷静に考えれば、多くの場合△▼△に特別な意味はなく、正しい医学的知識に基づいた治療に比べてメリットはありません。 逆に、どう考えても体に有害だとしか思えないものさえあります。

■その2:シックデイ
糖尿病は様々な要因に影響されて悪くなる可能性がありますので、 体調を崩した場合などは、要注意です。 血糖自己測定をしている患者さんならば、血糖値がふだんと変わりなければ、あわてる必要はないと判断できますが、そうでない場合は、、

・食欲がなくなって、食べる量が減ると低血糖を起こすかも・・・
・ふだんと同じ量を食べても消化吸収できず、低血糖になるかも・・・
・でも、体調が悪いと糖尿病が悪化するらしいので、ふだんより高血糖になるかも・・・
・感染症などをきっかけに、糖尿病性昏睡になることもあるらしい・・・
・糖尿病があると、かぜをこじらせ易いとも聞いたけど・・・
・体調不良をきっかけに、合併症が進み出すこともあるらしい・・・

などなど、いろんな不安が出てきます。 勝手に判断して、薬を増やしたり減らしたりするのは危険です。 異常の出方や、体の反応の仕方は患者さん毎に違いますので、ここで一概に対処法を述べることは困難です。 すこしでも不安があれば、すぐに診察を受けて主治医の指示をもらうのが、一番賢明な対処のしかただと思います。 また、いざと言うときのために、ふだんから体調不良の場合の対処を主治医とよく相談しておく事をおすすめします。

■その3:糖尿病治療の最先端
現在の医学では糖尿病の根治は出来ません。しかし、根治の可能性をさぐる努力は日夜続けられています。 糖尿病を根治させるためには、膵臓ランゲルハンス島のインスリン分泌機能を補い、かつ血糖値に応じて(あるいは食事に応じて)自動的にインスリン放出量がコントロールされることが必要です。 このための手段として様々な方法が研究されており、一部にはすでに人に応用されているものもあります。
膵臓移植は一部の国では既に定着した治療です。これによって、1型糖尿病の患者さんがインスリン注射から解放された例も少なくありません。 問題点は、ドナー数が限られることと、移植後に免疫抑制剤が必要になることです。 免疫抑制剤の副作用は糖尿病による合併症よりも深刻な事態を招く可能性も高いため、高血糖以外に問題がない患者さんにとっては移植をうけるメリットがありません。 したがって膵臓移植は、糖尿病性腎症が進んで末期腎不全(尿毒症)に陥ってから 腎臓移植と組み合わせて行われる例がほとんどです。
合併症が進まないうちにインスリン分泌能を取り戻し、血糖を正常に保つためには、免疫抑制剤などを必要としない方法で、安全にインスリン分泌能を回復させる方法が必要です。
このために、特殊な膜で免疫反応を防ぎつつブドウ糖やインスリンを通過させるカプセルを作り、その中にインスリンを分泌する細胞を閉じこめて人体に埋め込む方法を研究しているグループがあります。 またあるグループは、遺伝子工学を応用してその人自身のランゲルハンス島β細胞を再生させる方法を探ろうとしています。 これらの方法はまだすぐに実用化と言うわけにはいきませんが、実験室のレベルでは期待が持てるデータも出てきています。
インスリン分泌機能を取り戻すことが出来るようになったからといって、糖尿病の問題が解決するわけではありません。 合併症がある程度以上に進んでしまった体をもとに戻すことは、今の医学では想像も出来ません。 従って、糖尿病を早期発見して早期治療しなければいけないと言う点はやはり変わらないでしょう。 また、現在糖尿病と闘っておられる方は、体内にインスリン分泌能を取り戻す方法が実現されるまで合併症に負けないよう、強い意志を持って糖尿病をコントロールし続ける事が必要です。
さらに、インスリン分泌能を回復させる手段が出来ても、2型糖尿病で問題となる食べ過ぎ、運動不足、肥満などには 自らの努力と節制が重要であるという点は変わらないでしょう。
インスリン依存型糖尿病の患者さんにとっては、インスリン注射は生きていくために欠かせない治療です。 また、インスリン非依存型糖尿病の患者さんでも、通常の治療でうまくコントロールが出来ない場合は、インスリン注射を行う必要があります。
インスリン製剤はその作用時間の違いから数種類に分けられますが、作用のピークが7〜8時間後になる中時間作用型、約4時間後になる短時間作用型、およびそれらを様々な割合で混合したものがよく用いられています。 我が国ではまだ使用できませんが、作用時間がさらに短い 超短時間作用型インスリンも開発されており、食後の急激な血糖変動などに対処しやすくなる事が期待されます。
一般的なインスリン療法では、中時間作用型のインスリンを一日1〜2回皮下注射します。 さらに、食後の血糖上昇を抑えるために食前に速効型インスリンを追加したり、あらかじめ必要な割合にセットされた混合型インスリンを用いることもよくあります。
また、インスリン依存型糖尿病の患者さんには、毎食前に自分で血糖値を測定し、その値を参考にその都度量を決めて速効型インスリンを注射する、強化インスリン療法が推奨されています。 患者さんの手間や負担も大変になりますが、1993年にDCCTと呼ばれる有名な研究の中で、強化インスリン療法で血糖を厳しくコントロールすることによって合併症の防止につながるという事実が明確に示されました。 合併症に負けないために必要と勧められたら、やはり積極的に考えてみるべきでしょう。



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