糖尿病の薬物療法‐糖尿病教室|糖尿病 食事療法 治療 京大病院 栄養内科





糖尿病教室

■その1:低血糖
薬物療法の話をする前に、是非とも知っておいていただきたいのが、 ここで解説する低血糖です。
健康な状態では、食後に血糖が上昇しはじめるとインスリンの分泌が増し、おなかが空いて血糖が下がりはじめるとインスリンの分泌が減少して、血糖は自動的に適切な値にコントロールされます。 このインスリンの調節機構が壊れて、血糖が上昇しても十分なインスリンが分泌されない状態になったのが糖尿病です。
食事療法・運動療法で糖尿病のコントロールがうまくいかない場合は、飲み薬やインスリン注射による治療が必要になります。 これらの薬物療法では、強制的に体内のインスリンを増加させて血糖を下げるわけですが、時によってインスリン作用が過剰になったりする恐れも出てきます。 インスリン作用が過剰になると血糖値が下がりすぎて、体の各組織では重要なエネルギー源であるブドウ糖が不足してしまいます。
この状態を低血糖と呼びますが、体にとっては一大事です。 低血糖には、だるさ、ふらつき、手指のふるえ、冷や汗、頭痛など、さまざまな症状があらわれ、さらに進むと意識不明となり生命の危険さえ伴います。
低血糖が起こった場合は、糖分を補給して速やかに血糖を上昇させなければなりません。 通常は砂糖にして10〜20g程度摂取すれば十分ですが、このため、薬物療法をうけている糖尿病の患者さんは、常に砂糖などを準備しておく様に指導されていることと思います。

■余談:低血糖の時にケーキを食べていた患者さん
「低血糖の時には甘いものをとりなさい」と指導されたのを、 「折角甘いものをとるのならばふだん制限されているケーキをその機会に食べよう」 と都合よく解釈して実行した患者さんがいました。 その結果どうなったかというと・・・
低血糖の際には摂取する糖分は砂糖やジュースなど消化吸収しやすい形のものが必要です。 しかし、ケーキの甘みはかなりの部分が乳脂肪ですから、消化吸収されて低血糖が改善するまでに時間がかかります。 もちろんその間に低血糖が悪化してしまう危険もありますが、この患者さんの場合は、低血糖がなかなか改善しないので、体が楽になるまでケーキを食べ続けていました。 その結果、低血糖の症状が消えた頃には体の中に大量のケーキが入ってしまうことになり、あとは血糖が上がり続けるばかり・・・
実はこの患者さんの例では、糖尿病が急に悪化してきたためにその原因を検討していて、低血糖の時にケーキを食べるようになった事が判明したのです。

■その2:糖尿病の飲み薬
糖尿病の治療に使われる飲み薬の代表は、スルフォニル尿素剤(SU剤)と呼ばれる薬ですが、 糖の消化吸収を遅らせる薬(食後過血糖改善薬)、インスリンの効きをよくする薬(インスリン抵抗性改善薬)なども最近は使用されています。 また、昔使われていたビグアナイド剤という薬もその有用性が見直され、使用が増えてきました。
SU剤は、膵ランゲルハンス島β細胞に作用してインスリン分泌を促進し、血糖を下げる働きがあります。 SU剤は、インスリン非依存型糖尿病で食事療法や運動療法を行っても 血糖コントロールが不十分な患者さんが対象になります。 使用の際には低血糖に注意する必要があり、またランゲルハンス島の機能低下が著しい場合には効果が期待できません。 さらに、病状によっては、インスリン非依存型糖尿病でもSU剤が適切でなく、インスリン治療を行うべきとされる場合もあります。
SU剤には作用の強さや持続時間が異なる数種の薬剤がありますが、最近一般的に用いられる頻度が高いのは、作用時間が短いトルブタミドや、比較的新しい第2世代と呼ばれるグリクラジドやグリベンクラミドなどです。
これらSU剤は非常に有用な薬ですが、一面では病気で弱っている膵ランゲルハンス島をさらに酷使するわけで、その大量投与は長期的に見るとかえってマイナスになる恐れが指摘されています。 従って、グリベンクラミド5mg以上に増量しても効果が不十分な場合は、他の薬剤との併用やインスリン療法を考慮していきます。
食後過血糖改善薬は、二糖類を消化する酵素(αグルコシダーゼ)を阻害して 糖分の消化吸収を遅らせます。 その結果、食後の血糖上昇が緩やかになり、高血糖の防止につながります。 また、消化吸収を遅らせることから、食後数時間経って空腹になった頃の血糖はかえって上昇する場合が多いのが特徴です。 従って、食前血糖は比較的低いが食後の血糖上昇が大きい患者さんに適しています。
副作用として、腹がはる(腹部膨満感)、便秘、おならが増えるなどの消化器症状があるため、少量から始めて様子を見ながら徐々に増やしていきます。 また、この薬を服用中の患者さんが低血糖を起こした場合には、ふつうの砂糖を摂ってもなかなか消化吸収されないため、酵素による消化を必要としないブドウ糖を摂る必要があります。
インスリン抵抗性改善薬はその名の通り、インスリン作用の効率をよくする薬です。 比較的新しい薬で、使用経験が浅いうちに重篤な肝機能障害の副作用が有名になってしまいました。 使用経験が浅い薬においては、未知の副作用が出現する恐れがあることは当然心しておくべきなのですが・・・。 しかし、対象症例を見極めて注意深く使えば、極めて合理的に作用し、他には代え難い薬剤といえます。
その他、合併症の発症進展の防止や治療を目的として用いられる薬剤もあります。 高血圧の治療に用いられるアンギオテンシン変換酵素(ACE)阻害剤は、早期の糖尿病性腎症の患者さんにおいて、腎症の進展を防止する作用があります。 ただし、腎機能がある程度以上に悪化してしまうと、 ACE阻害剤はかえって有害になりますので注意が必要です。 糖尿病性末梢神経障害の治療には、アルドース還元酵素阻害薬やビタミンB12などが使われます。 しかし、薬剤による合併症の治療よりも糖尿病のコントロールを改善させて、いわば元を断つ治療のほうが大切なのは言うまでもありません。

■その3:インスリン注射
インスリン依存型糖尿病の患者さんにとっては、インスリン注射は生きていくために欠かせない治療です。 また、インスリン非依存型糖尿病の患者さんでも、通常の治療でうまくコントロールが出来ない場合は、インスリン注射を行う必要があります。
インスリン製剤はその作用時間の違いから数種類に分けられますが、作用のピークが7〜8時間後になる中時間作用型、約4時間後になる短時間作用型、およびそれらを様々な割合で混合したものがよく用いられています。 我が国ではまだ使用できませんが、作用時間がさらに短い超短時間作用型インスリンも開発されており、食後の急激な血糖変動などに対処しやすくなる事が期待されます。
一般的なインスリン療法では、中時間作用型のインスリンを一日1〜2回皮下注射します。 さらに、食後の血糖上昇を抑えるために食前に速効型インスリンを追加したり、あらかじめ必要な割合にセットされた混合型インスリンを用いることもよくあります。
また、インスリン依存型糖尿病の患者さんには、毎食前に自分で血糖値を測定し、その値を参考にその都度量を決めて速効型インスリンを注射する、強化インスリン療法が推奨されています。 患者さんの手間や負担も大変になりますが、1993年にDCCTと呼ばれる有名な研究の中で、強化インスリン療法で血糖を厳しくコントロールすることによって、 合併症の防止につながるという事実が明確に示されました。合併症に負けないために必要と勧められたら、やはり積極的に考えてみるべきでしょう。



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