インスリンの発見と糖尿病‐糖尿病教室|糖尿病 食事療法 治療 京大病院 栄養内科





糖尿病教室

■その1:ブドウ糖は体のガソリン
グルコース(ブドウ糖)は体にとって最も重要なエネルギー源です。ヒトの体は24時間眠ることなく働いていますが、 体内の臓器が生きて働くためにはエネルギーが必要で、多くはブドウ糖を利用しています。
とくに脳はブドウ糖しかエネルギーとして使うことができません。脳はお腹の減ったときでも眠っているときでも休みなく働いていますので、絶えずブドウ糖を必要とします。
これに対して肝臓、筋肉や脂肪組織の糖利用は血液中のブドウ糖が増加した時に増えます。 血液中のブドウ糖は、食後は食物中のでん粉などが小腸で消化吸収されることによって、また空腹のときは肝臓に蓄えられたグリコーゲンがブドウ糖に分解されることによって供給されます。
このように体の中では絶えず糖の補給と利用のバランスがとられ、血液中のブドウ糖は一定に保たれるような仕組みが働いています。とくに肝臓は糖を取り込んだり、 必要に応じてブドウ糖を吸収したり放出したりと2役を兼ね、大変重要な働きをしています。
長い間絶食したり、インスリンが多くなる状態(インスリン過剰)では血中のブドウ糖がどんどん減ってしまいます。血液中のブドウ糖がおおむね60ミリグラム以下になると、 体の働きに異常を来しますが、この状態を低血糖と言います。さらに進むと意識がなくなってしまうこともあります。
このように、ブドウ糖は大変大切な栄養素で、不足すると大変なことになるなのですが、多すぎても毒になるという双刃の剣をもった物質ということができましょう。

■その2:糖の運び屋、糖輸送担体
ブドウ糖が様々な臓器の細胞に適切に取り込まれるために、糖の運び屋として、糖輸送担体とよばれる分子が働いています。 糖輸送担体にはいくつかの種類があり、大変巧妙に脳や赤血球の係、筋肉や脂肪の係、肝臓の係などと分業しています。
脳への糖輸送担体は24時間働く必要があり、血液中のブドウ糖が増えても減っても絶え間なく脳にブドウ糖を運搬します。 これに対して筋肉などでは食後など血液中にブドウ糖が増えたときだけ働いて、あとは休んでいます。
筋肉への糖輸送担体に働くことを指令するのがインスリンというホルモンです。脳などの運び屋さんがサボタージュしたら、 脳細胞は必要なブドウ糖を得ることができず死んでしまいますが、今のところ、その様な病気は知られていません。一方筋肉の運び屋さんはインスリンによる指令がうまく伝わらないために、仕事をしないことがあります。
こうなると、食事をして血液中に増えたブドウ糖をうまく筋肉で使えません。その結果、余分なブドウ糖が血液中にとどまってしまい、血中のブドウ糖が増えて、糖尿病となります。 インスリンの指令がないと、血糖値が高いのにもかかわらず、肝臓から糖を外へ運ぶ運び屋が活動をはじめ、どんどん血中のブドウ糖を増やしてしまいます。
このようにインスリンの異常が体の中の血糖コントロールを狂わせてしまうわけです。 糖尿病ではこの様に血液中にブドウ糖があふれた状態でも、体の細胞の中にはブドウ糖が入って来ず、細胞内はエネルギー不足に陥ります。 その結果、ブドウ糖の代わりに脂肪が利用されることになります。このときに同時にケトン体という副産物ができますが、これが多くなると脳に障害をおこして昏睡(意識がなくなること)を引き起こします。 またインスリンが不足すると筋肉の分解がおこってアミノ酸として血液に溶け出して、これがブドウ糖に作り変えられ、より血液中のブドウ糖を上昇させます。
糖尿病ではじめは食べ過ぎて太っていても、病気が進むとこのように脂肪や筋肉の分解がおこり、 食べても食べてもやせてしまうことになります。

■その3:孤軍奮闘するインスリン
生き物はエネルギーなしでは生きてはいけません。はじめに述べたように人類にとって食べ物を確保することは大変なことでした。 また血糖値が低い状態がつづくと脳は機能障害をおこし、場合によっては昏睡状態になったり死に至ったりしてしまいます。ですから人の体は血糖が下がる事を防止する機構が何重にも備わっています。 グルカゴン、エピネフリン、ステロイドなど様々なホルモンが、血液中の糖分を上げる作用を持ち、低血糖から身を守る安全装置として働いているのです。
一方、からだのなかで唯一血糖を下げる役割をしているのが、膵臓のβ(ベータ)細胞から出るインスリンというホルモンです。 上記のように血糖を上げるホルモンはいろいろありますが、 下げる方はこのインスリンしかありません。
したがって、出てくるインスリンの量が少なくなったり、その働きが悪くなったりすると、ほかにこの役目を補ってくれるものはないため、 必要なときに血液中の糖分を下げることができなくなってしまいます。こういう状態が糖尿病で、つまり糖尿病とはインスリンの不足のためにおこる病気と言えます。

■その4:地図にない、世界一小さい島
糖尿病のあらましについては2000年以上前から知られていましたが、これがインスリンの不足によることが明らかにされたのは僅か100年ほど前のことです。
1889年にミンコフスキーとメリングがイヌの膵臓を取り除いて糖尿病をおこさせることに成功し、 糖尿病が膵臓の病気であることをはじめて証明しました。
膵臓はアミラーゼとかリパーゼなど食べ物を消化する酵素を分泌しますが、ミンコフスキーの実験以前から、膵臓からホルモンのような物質も出るらしいということは想像されていて、 ドイツの有名な病理学者ウイルヒョウは、その弟子ランゲルハンスに命じて膵臓の形態を研究させました。
彼は、1889年ついに膵臓のなかに通常とは異なる細胞の集団を発見し、この細胞集団は後にランゲルハンス氏島と命名されました。 これは世界一小さな島であるといわれています。残念ながらランゲルハンスは、自らの名が冠されるこの小島の働きまでは明らかに出来ないまま、40歳の若さで生涯を閉じました。 膵臓のランゲルハンス島と糖尿病の関係は、1901年にオピエによって明らかにされました。
このようにして膵臓には外分泌(消化酵素を分泌する働き)と内分泌(ホルモンを分泌する働き)が共存し、 糖尿病はそのうち内分泌の働きが低下するためにおこる事が明らかにされたのです。 糖尿病が初めて書物に現れて3000年以上も経たあとのできごとです。

■その5:インスリンの発見
膵臓からの内分泌物質は、その正体がはっきりとつきとめられる前に、すでに「インスリン」という名前をつけられていました。 1921年、カナダ・オンタリオ州トロント大学の生理学教授マクロードの研究室で、バンティングとベストは、膵臓の管をくくったイヌから膵液以外の成分(内分泌から出る物質)を抽出することに成功、 そして膵臓を取り出して糖尿病を起こさせたイヌにこの抽出液を注射し、血糖を下げる効果が確認されました。
翌1922年には糖尿病のため命が危ぶまれていた14才の男の子がこの注射をうけ、奇跡的な回復を遂げました。この男の子は、インスリンによって糖尿病の治療をうけた世界初の糖尿病患者となったのです。 こうして、糖尿病は命をとりとめることができる病気となったのでした。
この業績によりバンティングとマクロードの2人はノーベル生理・医学賞を受賞しました。我が国でも1923年にはすでにインスリン注射が行われたとの記録が残っています。

■その6:糖がオシッコに出る病気?
糖尿病という名前は、甘みがある尿がたくさん出るという意味を持つ、ディアベテス・メリトスという言葉の日本語訳です。 血液中の糖分を測ることができなかった時代は、糖尿病はこの言葉通りに理解されていたのです。ところが20世紀に入って血液中の糖分を正確に測定することができるようになると、すこし状況が変わりました。
通常は血糖が高くなると尿糖がでるのですが、尿糖が出る境界はだいたい170mg/dl位のところにあります。 血液中の糖分は健康な人ではどんなときでも160mg/dlを越えませんから、尿糖は出ません。糖尿病では血糖がこれを越えて高くなるので尿糖がでることになります。 しかし軽い間は食後のみしか血糖が高くなりませんから、食事をしたあとにだけ尿糖が出ています。糖尿病が進むにつれて空腹時にも血糖値はあがるようになり、尿糖が出るようになります。 ただし境界がもっと高いヒトもあり、この場合かなり血糖が上がらないと尿糖が出ません。このようなヒトでは尿糖が出ていなくても、糖尿病の場合もあります。
一方、境界が下の方にあるヒトがあることが知られるようになりました。このヒトたちは血糖値が全く正常でも尿に糖が出現する事があるのです。 もちろん、尿に糖が出ていても糖尿病ではありません。
つまり、「尿に糖が出る病気」イコール「糖尿病」ではないのです。このように、糖尿病という病名は、現在では理屈に合っていません。 しかし、糖尿病という名称が古来より定着し、人々もこの名称で病気を理解しているから、今更変更するわけにもいきません。 現在では糖尿病という名称は病気の性質を表す名ではなく、さまざまな原因によって血糖が上昇し、それによっていろんな不都合をきたす一連の状態(症候群)を指すと理解して下さい。

このように、20世紀にはいって糖尿病に関する研究が急速に進歩しました。今では、糖尿病の複雑な病態や血糖の調節に関与するさまざまなメカニズムが、かなり詳細に解明されています。



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